SNS運用代行の秘密保持・競業避止・同時受注・引抜き禁止の書き方

運用代行の契約で、秘密保持、競合する顧客の同時受注、終了後の競業、外注スタッフの引抜きと直接取引をどこまで・どう書くかを整理します。オンラインで完結する運用に合わせた書き方と、違約金の計算例を示します。

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このページの要点

  • 秘密情報は、公開前の投稿予定・内部数値・顧客の顧客の情報・受託者のノウハウに分けて書き、公開済みの情報は除く。
  • 同業の同時受注は、非独占・申告型・専属型から選び、情報の遮断と固有の企画の扱いを別に決める。
  • 終了後の競業避止は、オンラインでは地域でなく対象顧客と勧誘行為で絞り、「営業」の中身を客観的に書く。
  • 引抜き・直接取引の禁止は、業務で知り得た相手に限って双方向に定め、違約金と転換金は実費から説明できる額にする。

最初に結論:4つの約束を分け、オンライン運用の実態に合わせて「狭く・具体的に」書く

SNS運用代行の契約書では、「秘密を守る」「競合する行為をしない」「相手のスタッフを引き抜かない」といった約束が、1つの条文にまとめて「甲の事業と競合する一切の行為を禁止する」のように書かれることがあります。しかし、この4つは守りたいものが違います。秘密保持は情報を、競業避止は事業上の立場を、引抜き禁止は人材を、直接取引の禁止は取引先との関係を守るための約束です。守りたいものが違えば、書くべき範囲も、期間も、違反したときの扱いも変わります。

ここで使う言葉を先に整理します。競業避止(きょうぎょうひし)とは、契約の相手と競合する事業をしない、という約束です。引抜きとは、相手のスタッフや外注先に、今の関係をやめて自分のところで働くよう持ちかけることです。直接取引とは、仲介してくれた相手を通さずに、その相手の顧客や外注先と直接契約することです。非独占とは、同じ種類の仕事を他の相手のためにも行ってよい、という取り決めです。

4つの約束の違い

約束守りたいもの課されることが多い側書き方の要点
秘密保持公開前の投稿予定、アカウントの内部数値、顧客の顧客の個人情報、受託者のノウハウ双方秘密情報の範囲、除外事由、期間、外注先への波及
競業避止(同時受注の扱いを含む)顧客の競争上の立場、受託者の営業の自由顧客から受託者へ。受託者が非独占を求めることもある契約期間中と終了後を分け、対象を絞る
引抜きの禁止担当者・外注クリエイターなどの人材双方対象者、禁止する行為、期間、違約金
直接取引の禁止仲介や紹介の対価として得ている取引先との関係受託者から外注先へ、制作会社から顧客へなど「業務で知り得た相手」に限る、承諾の道筋を残す

実務で見られる運用代行の契約書では、秘密保持はあっても競業や引抜きの条項が丸ごとないもの、反対に、店舗型の業種のひな形から競業避止を移し替えて「店舗から半径何キロ以内で同種の事業をしてはならない」と書いてしまうものが混在しています。後者は、オンラインで全国の顧客を相手にできる運用代行には合いません。

競業避止は、相手の事業の自由を縛る約束です。広すぎる制限は、職業選択の自由(憲法22条1項)の趣旨と公序良俗(民法90条)に照らして効力が争われます。競業避止の一般的な考え方は他の業種の解説でも扱っているため、このページでは、SNS運用代行に特有の場面(公開前の投稿予定、同じ業種の複数アカウント、外注クリエイター、オンラインでの営業)に絞って整理します。契約書全体の組み立ては運用代行の業務委託契約書の作り方のページにまとめています。

運用代行で守る「秘密」とは何か:未公開の投稿予定から広告の数値まで

秘密保持条項は、「本契約に関して知り得た一切の情報」とだけ書かれることが少なくありません。これでは、後で何が秘密だったのかが争われます。運用代行で実際にやり取りされる情報を具体的に挙げると、次のようになります。

  • 公開前の投稿予定:新商品、キャンペーン、価格改定、イベントの告知など。公開日までは秘密で、公開されれば誰でも見られる情報になります。そのため「公開時まで」という期間の区切りが馴染みます。
  • アカウントの内部数値:インサイトの数値、広告の成果、売上や予約数など、顧客が共有した数字。投稿済みの内容や、誰でも見えるフォロワー数のような公開情報は含まれません。
  • ログイン情報と管理権限:秘密情報の中でも特に重いものです。管理の方法と終了時の削除はログイン情報・二段階認証・終了時の権限削除のページで扱っています。
  • 顧客の顧客の情報:DMやコメントのやり取りで知った氏名、連絡先、購入履歴など。秘密保持に加えて、個人情報保護法の対象にもなります。
  • 受託者側のノウハウ:台本のテンプレート、撮影の進行表、分析の手順、価格表、外注先の氏名と単価。受託者が守りたいのは主にここですが、条文には顧客の情報ばかりが書かれ、受託者の情報が守られていない例もあります。
  • 外注先に関する情報:氏名、連絡先、報酬。顧客が外注先に直接依頼する際の手がかりにもなるため、後の「直接取引の禁止」とつながります。

情報が法律で守られるかどうかも、確認しておきます。不正競争防止法は、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」を営業秘密と定義しています(同法2条6項)。示された営業秘密を、不正の利益を得る目的や相手に損害を加える目的で使用・開示する行為は、不正競争の1つです(同法2条1項7号)。ここで注目したいのは「秘密として管理されている」という要件です。契約書に秘密と書いても、実際には誰でも開ける共有フォルダに置かれていたり、関係のない外注先にも見えていたりすると、この要件を満たすかどうかが争われます。契約と運用の両方で、秘密として扱っていることを示しておく必要があります。

個人情報については、DMなどで知った個人データの取扱いを外注先に任せる場合、委託元には、委託先に対する必要かつ適切な監督が求められます(個人情報保護法25条)。運用代行では、顧客から受託者へ、受託者から外注先へと二段で情報が渡るため、外注先との契約にも同じ水準の義務を入れておくのが基本です。

除外事由は「公開されているもの」を加えて整える

秘密情報の除外事由には、公知の情報、既に保有していた情報、第三者から適法に得た情報、独自に開発した情報、法令により開示を求められた情報が定められるのが一般的です。SNS運用では、これに加えて、「顧客のアカウント上で既に公開されている内容」を明示すると誤解が減ります。逆に、受託者が従来から使っている一般的な運用手法まで秘密情報に含めてしまうと、受託者が別の顧客の運用に手法を使えなくなります。顧客固有の情報と、受託者の一般的な知見を分けて書くことが大切です。

秘密保持条項のよくある書き方と整えた書き方

秘密情報の範囲

よくある書き方本契約に関連して知り得た一切の非公知情報を秘密情報とする。
整えた書き方秘密情報とは、公開前の投稿予定、アカウントの内部数値、顧客情報、価格情報、運用の台本・手順など、秘密である旨が示された情報又は性質上秘密と認められる情報をいう。顧客のアカウント上で既に公開されている情報と、受託者が従前から有する一般的な運用の知見は含まない。

ねらい「一切」では範囲が際限なく広がり、除外も争いになります。例示と、公開済み・一般的な知見の除外を同時に書きます。

存続期間

よくある書き方本条の義務は契約終了後5年間、又は開示者が指定する期間、若しくは秘密情報の性質に応じた合理的な期間のうち、最も長い期間継続する。
整えた書き方本条の義務は契約終了後3年間存続する。ただし、公開前の投稿予定は公開された時まで、個人情報は保有している間、ログイン情報は返却又は削除が完了するまで存続する。

ねらい「指定する期間」「合理的な期間」は、いつ終わるのかが分からず、片方だけが後から期間を決められる形になります。情報の種類ごとに終わりを決めます。

実績としての公開

よくある書き方契約の存在及び内容は秘密とし、相手方の承諾なく公表しない。
整えた書き方受託者は、顧客が事前に書面又は電磁的方法で承諾した範囲で、アカウント名、期間、投稿例、数値を実績として公開できる。承諾のない数値は匿名化して載せる。

ねらい契約の存在まで秘密にすると、受託者は実績を一切載せられません。逆に何も書かないと、顧客は無断で数値を使われたと感じます。

秘密情報の範囲と実績公開の条文例

1本契約において「秘密情報」とは、一方の当事者(以下「開示者」という。)が他方の当事者(以下「受領者」という。)に開示した公開前の投稿予定、アカウントの内部数値、顧客に関する情報、価格情報、運用の台本及び手順その他、秘密である旨を示して開示された情報又は性質上秘密と認められる情報をいう。ただし、開示の時に既に公知であった情報、開示後に受領者の責めによらず公知となった情報、受領者が開示を受ける前から保有していた情報及び正当な権限を有する第三者から適法に取得した情報並びに委託者のアカウント上で既に公開されている情報を除く。

2受領者は、秘密情報を本契約の目的の範囲でのみ使用し、開示者の事前の承諾なく第三者に開示してはならない。ただし、業務の遂行上必要な範囲で外注先に開示する場合は、外注先に本条と同等の義務を課し、その履行について責任を負う。

3受託者は、委託者が事前に書面又は電磁的方法で承諾した範囲に限り、委託者のアカウント名、運用期間、投稿例及び数値を、自己の実績として公開できる。承諾がない数値は、委託者を特定できない形で公開する。

外注先への開示を認める条文は、外注先との契約で同じ義務を負わせてはじめて意味を持ちます。外注先との契約の作り方は業務委託契約書のページの再委託の説明も参照してください。

契約終了時:返却と削除の対象を決める

終了時には、秘密情報の返却・削除を定めます。ここで注意が必要なのは、削除の対象を広げすぎないことです。編集用のプロジェクトファイルのように顧客に引き渡す性質のものを一律に削除させると、後日の修正ができなくなります。反対に、システムが自動で作るバックアップのように技術的にすぐ消せないものまで即時削除を求めると、守られない条項になります。返却するもの、削除するもの、法令上の保存が必要なもの、技術的に残るものを分け、残るものには新たな利用をしないことを約束させる書き方が現実的です。成果物や編集データの権利の整理は運用代行の著作権のページで説明しています。

同じ業種のアカウントを同時に受けてよいか:非独占と情報の遮断

運用代行会社は、複数の顧客を同時に担当するのが通常です。そのため、同じ地域・同じ業種の競合する2店舗の運用を同時に受けてよいのか、という問題が起こります。顧客から見れば、自社の企画が競合の運用にも使われるのではないか、という不安があります。受託者から見れば、同業の受注を禁じられると売上の機会を失います。契約書の書き方には、大きく3つの型があります。

同時受注の扱い:3つの型

型内容受託者への影響向く場面
非独占(同時受注は自由)他の顧客の同種の運用を妨げない。ただし、一方の秘密情報を他方のために使わない営業の自由が保たれる標準的な月額プラン、顧客の事業が地域や客層で重ならない場合
申告・限定型同じ商圏・同じカテゴリの競合は、受注前に申告し、顧客が異議を述べられる受注前の確認の手間が増える店舗型の事業、地域密着の事業
専属型契約期間中、競合する事業者の運用を受けない断った受注の分だけ機会を失うため、報酬への反映が必要高額で手厚い支援を行う場合

運用代行では、運用の手法が似ることと、秘密情報を使い回すことは別の問題です。条文でも分けて書きます。

専属型を受ける場合は、断ることになる受注の大きさを見積もっておきます。次は仮の数字による計算例です。

専属型を受けるかどうかの計算例(仮の数字)

  • 顧客の月額報酬が8万円で、「同じ業種の運用は受けないでほしい」と求められた。
  • 受託者には、同じ業種の見込み案件が、月額6万円で2件ある。専属型で受けると、この2件(月12万円分)を断ることになる。
  • 範囲を「同じ市区町村で、同じカテゴリの事業」に絞り、断る見込み案件が1件(月6万円)だけになれば、機会損失は月6万円。月8万円の報酬で受ける意味が残る。
  • 範囲を絞れないなら、専属の対価として月額を上乗せするか、専属の期間を短く区切る。

数字は説明のための仮のものです。実際には、断る受注の大きさと、専属を求める側の報酬を並べて判断します。

非独占を選ぶ場合でも、顧客の安心のために定めておきたいのが情報の遮断です。具体的には、担当者を分ける、顧客ごとにチャットのルームと共有フォルダを分ける、別の顧客の担当者にその顧客のアカウントの数値を見せない、といった運用です。小規模な事業者では担当者を分けられないことも多いため、条文は「合理的な管理措置を講じる」「他の顧客のために使用しない」と、守れる範囲で書きます。

もう1つ、運用の「企画」の扱いも切り分けます。顧客のために作った固有の企画(キャンペーンの名称、独自の演出、撮影の構成など)は他社に使い回さないと約束し、業界で一般的な手法(投稿の頻度の考え方、ハッシュタグの付け方、分析の見方)は受託者が自由に使える、と分けておきます。この線引きがないと、「類似した施策を他社に出された」という不満が出たときに、どちらも納得できる基準がありません。

非独占と情報の遮断の条文例

1委託者は、受託者が、委託者以外の第三者のために、本業務と同種又は類似の業務を行うことを妨げない。受託者は、委託者の競合となる第三者のために業務を行う場合であっても、本契約に基づき知り得た秘密情報を当該第三者のために使用してはならない。

2受託者は、前項の場合において、委託者の秘密情報が他の顧客の担当者に閲覧されないよう、担当者の分離、連絡経路の分離その他の合理的な管理措置を講じる。

3受託者は、委託者のために作成した固有の企画(キャンペーンの名称、独自の演出及び撮影の構成を含む。)を、委託者の承諾なく第三者のために使用しない。業界で一般的な運用の手法は、この限りでない。

一方的に受託者だけが制限される書き方にしないため、顧客が複数の運用会社を併用する場合の責任の分け方(投稿の重複の調整、権限の範囲)も、別の条で決めておくと安全です。

契約が終わった後の競業避止:オンラインでは「地域」ではなく「顧客」で絞る

店舗型の業種の契約書では、競業避止に「店舗から半径何キロ以内」という地域の限定をつけるのが一般的です。しかし、SNS運用代行は、オンラインで全国の顧客を相手にできます。半径で書いても実態に合わず、かといって「全国で同種の事業を営んではならない」と書けば、受託者の事業そのものを奪う制限になります。次のように、4つの書き方を比べて選びます。

終了後の競業避止の4つの書き方

書き方内容長所問題点
地域限定型一定の距離や地域内で同種の事業を禁止する店舗型の事業では分かりやすいオンライン完結の運用では、実態に合わない
事業全面禁止型同種又は類似の事業を営むこと自体を禁止する書くのが簡単生計の手段を奪うため、効力が争われやすい
対象顧客指定型別紙に載せた顧客に対する直接の受注・運用を一定期間禁止する範囲が明確で、違反の有無を確認しやすい別紙の更新を忘れると守れない
勧誘行為限定型競合する事業は自由とし、顧客への営業的な働きかけだけを禁止する受託者の事業の自由を最も守る「営業」の定義を決めないと争いになる

競業避止の効力は、一般に、守ろうとしている利益が正当か、制限の期間・範囲・対象が必要以上に広くないか、制限を受ける側にそれに見合う対価があるか、といった点を総合して判断されると説明されます。運用代行で守る利益として説明しやすいのは、受託者が顧客から預かった情報(数値、フォロワー、DM)を使って、顧客を横取りされないこと、そして顧客固有のノウハウを持ち出されないことです。事業全体を封じるより、これらに直接つながる行為に絞る方が、必要性を説明できます。

SNS特有の論点:「営業」とは何を指すか

「顧客に営業してはならない」と書いただけでは、フォローする、いいねを押す、コメントで話しかける、DMで挨拶するといった行為が含まれるのか分かりません。勧誘行為限定型を選ぶなら、禁止する行為を客観的に書きます。

  • 禁止する例:営業目的のDM・電子メール・電話・訪問、見積りや提案書の提示、契約の勧誘、自社サービスへの乗り換えの案内。
  • 禁止しない例:自社の通常の宣伝投稿や広告が、結果として元の顧客の目に触れること。顧客のほうから自発的に連絡してきた場合の応対(これを禁止に含めるかどうかは別に決めます)。
  • 個別に禁止する例:顧客のアカウントのフォロワー一覧、DMの履歴、問い合わせ先のリストを使って、自社のサービスを案内すること。これらは顧客の情報であり、秘密保持の問題でもあります。

顧客のほうから声をかけた場合の扱いは、立場で分かれます。顧客を守りたい側は、依頼があってもしばらくは受けないと定め、受託者を守りたい側は、自発的な依頼まで禁止するのは行き過ぎだとして例外にします。折衷として、顧客の意向を書面で確認してから受ける形があります。

終了後の勧誘の禁止(対象顧客を別紙で指定する型)

1受託者は、本契約の終了後6か月間、別紙に記載する委託者の顧客に対し、自己又は第三者のために、営業を目的とするダイレクトメッセージ、電子メール、電話又は訪問、提案書又は見積書の提示その他の勧誘をしてはならない。

2前項の勧誘には、本業務により知り得たフォロワーの一覧、ダイレクトメッセージの履歴その他の情報を利用して、自己のサービスを案内する行為を含む。一方、受託者が自己の事業について行う通常の宣伝投稿又は広告は、勧誘に当たらない。

3委託者から自発的に依頼があった場合は、受託者は、前々項にかかわらず、委託者の意向を書面又は電磁的方法で確認したうえで、これを受けることができる。

期間の「6か月」は書き方の例です。実際の長さは、引継ぎに必要な期間と、受託者が受ける制限の大きさを見て決めます。

スタッフ・外注クリエイターの引抜き禁止と直接取引の禁止

運用代行は、撮影、編集、台本、投稿作業などを、社員や外部のクリエイターに任せる事業です。そのため、人材と取引先の関係が複雑になります。まず、誰が誰に対して禁止するのかを整理します。

引抜き・直接取引の禁止が課される3つの方向

方向守る利益対象者の書き方注意点
受託者から外注先へ顧客との関係と、受託者が組んだ体制「業務で知り得た顧客」に限る全ての顧客を対象にすると広すぎる。外注先が個人の場合は特に説明が要る
顧客・制作会社から受託者へ受託者の担当者・外注先を、顧客が直接雇うことで体制が崩れること「業務で紹介を受けた担当者・外注先」に限る直接契約を完全に禁止するか、転換金を払えば承諾する形にするか
代理店・マネジメント型の事業クリエイターの帰属や、プラットフォームの制度上の要件他の事務所に所属するクリエイターへの勧誘プラットフォームから受けた制裁を誰が負担するかを決めておく

「引抜き」は行為を客観的に書く

「引抜き」という言葉だけを使うと、どこからが引抜きなのかが争いになります。実務で見られる書き方には、次のようなものがあります。

  • 禁止する行為の列挙:退職や契約の終了を勧めること、自社又は第三者との新しい契約関係を結ぶよう働きかけること、条件を提示して移籍を誘うこと。
  • 対象者の範囲:正社員だけでなく、業務委託の担当者、外注のクリエイター、インターンなど、形式を問わず関係のある人材を含める例があります。範囲が広がるほど、適用の場面も広がるため、「本業務で関わった者」に限る方が説明しやすくなります。
  • 除外するもの:一般に公開された求人への応募、相手のほうから自発的に応募してきた場合は、引抜きに含めない、と書いておく例があります。

違約金と転換金の設計:計算例

違反に違約金を定めておくと、損害の立証が難しい場合に役立ちます。違約金は賠償額の予定と推定されます(民法420条3項)。賠償額の予定は、履行の請求や解除権の行使を妨げません(同条2項)ので、違約金を払えば引抜きや直接取引をしてよい、という意味にはなりません。設計の型を比べます。

違約金・転換金の3つの型

型内容長所問題点
固定額1人(1件)につき一定額分かりやすい対象の報酬の大きさと釣り合わない場合がある
報酬連動対象者への報酬の月額の一定月数分取引の大きさに連動する何か月分が妥当か、説明が要る
転換金承諾を得て直接契約するとき、その対価として払う禁止一辺倒でなく、現実的な出口を作る承諾の手続と、額の算定方法を決めておく必要がある

報酬連動型の計算例(仮の数字)

  • 外注の編集者の月額報酬が12万円で、違約金を「月額報酬の6か月分」とすると、72万円。
  • 代わりの人材を探して引き継ぎ、育てるのにかかる実費(募集の費用、引継ぎの時間、教育)の見積りが約30万円なら、72万円は実費の2倍以上で、説明に工夫が要る。
  • 転換金型にして、顧客が直接契約を希望するときは「月額報酬の3か月分(36万円)を払えば承諾する」とすれば、実費に近い額で出口を作れる。

数字は説明のための仮のものです。額は、実際に生じる費用から積み上げて説明できる水準にします。

なお、「違約金とは別に、実際の損害も請求できる」と並べて書く例があります。違約金が賠償額の予定である以上、予定額を超える部分の請求がどこまで認められるかは争点になり得ます。額をきちんと設計し、重複して請求する書き方は避けるほうが、条項全体の信頼性が保たれます。

外注先が個人のとき:労働者性とフリーランス法

外注先が実際には指揮命令を受けて働く実態にあり、労働者と評価されるおそれがある場合、使用者は労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償額を予定したりすることができません(労働基準法16条)。「業務委託」と書いてあるだけでは足りず、実態が問題になります。外注先が個人や一人会社(特定受託事業者)のときは、発注する側に、給付の内容、報酬の額、支払期日などを書面又は電磁的方法で直ちに明示する義務もあります(フリーランス法3条1項)。直接取引の禁止や引抜き禁止を課す場合は、その内容も、発注の条件として明確に示しておきます。個人の外注先に対する義務の全体像は成果報酬とフリーランス法のページにまとめています。

クリエイターを募集・育成する代理店型の事業では、他の事務所に所属するクリエイターへの勧誘を禁止し、その違反でプラットフォームから制裁を受けた費用を違反した側が負担する、という条項も見られます。この場合は、「勧誘」の範囲(本人への接触だけか、第三者を介した紹介も含むか)と、負担する金額の範囲を具体的に書き、違約金と二重の負担にならないよう整理します。

よくある失敗と直し方:範囲・定義・片務性・違約金

競業・引抜き・直接取引の条項

競業の範囲

よくある書き方甲と同種又は類似の事業を営んではならない。
整えた書き方契約期間中は、委託者の指定する競合の事業者の運用を、委託者の承諾なく受けない。契約終了後は、別紙の顧客に対する勧誘に限って禁止する。

ねらい「同種又は類似の事業」は、運用代行会社の本業そのものを禁じることになり、効力が争われやすくなります。対象を顧客や競合の事業者に絞ります。

営業の定義

よくある書き方甲の顧客に対し、直接又は間接に営業を行ってはならない。
整えた書き方営業を目的とするDM・電子メール・電話・訪問、提案書又は見積書の提示、乗り換えの案内を禁止する。通常の宣伝投稿は含まない。

ねらいSNSでは、フォローや「いいね」まで営業とされるかが分かりません。禁止する行為を客観的に書くと、違反の有無を確認でき、過大な制限にもなりません。

片務性

よくある書き方受託者のみが競業・引抜き・直接取引を禁止され、委託者は受託者の担当者に自由に直接発注できる。
整えた書き方委託者も、本業務で紹介を受けた担当者・外注先に直接発注しない。直接契約を希望するときは、事前に承諾を得て転換金を支払う。

ねらい一方だけが縛られる契約は、受託者が体制を失う危険を放置します。双方向に、同じ水準で整えます。

違約金

よくある書き方違反1件につき100万円を支払う。損害がこれを超える場合は、超過分も請求できる。
整えた書き方対象者への報酬の3か月分から6か月分の範囲で、実費の見積りから積み上げて定める。直接契約を希望する場合の転換金も別に定める。

ねらい一律の高額は、損害とのかけ離れを理由に争われます。額の根拠を説明できる形にします。

ヒヤリングで確認すること

秘密保持・競業・引抜きの条項を作る前に事務所が伺うこと

  1. 同じ業種・同じ地域の顧客を、他にも担当していますか。今後受けたい分野はありますか。非独占でよいのか、申告型や専属型が必要なのかが、ここで決まります。受託者の営業の自由を守る範囲を確認するためです。
  2. 顧客から受け取る情報には、どのようなものがありますか(未公開の企画、数値、DMの個人情報、ログイン情報)。秘密保持の範囲と、個人情報の取扱いの条項の重さが変わるためです。
  3. 外注先に任せる業務は何ですか。外注先は個人ですか、会社ですか。外注先との間の秘密保持、直接取引の禁止、フリーランス法の明示義務を、どの水準で書くかが決まるためです。
  4. 実績として公開したい内容(アカウント名、数値、事例)は何ですか。秘密保持と実績公開が衝突しないよう、顧客の承諾の範囲を決めるためです。
  5. 過去に、外注先や担当者が顧客と直接やり取りを始めた経験はありますか。直接取引の禁止の必要性と、禁止する行為の具体的な書き方を決めるためです。
  6. 受託者のテンプレート、台本、分析の手順で、他に漏らされたくないものはありますか。受託者側の秘密情報として、条文に明示するためです。顧客の情報ばかり書くと、自社のノウハウが守られません。
  7. 顧客や外注先との間で、すでに結んでいる書面(誓約書、規約)はありますか。複数の書面で期間や範囲が食い違うと、どちらが優先するのかが争いになるためです。

起きがちなこと:ひな形をそのまま使ったとき

よくあるご質問

SNS運用代行の契約書に、競業避止は入れるべきですか?

入れるかどうかは事業の実態によります。入れるなら、守りたい利益(顧客を横取りされないこと、顧客固有のノウハウを持ち出されないこと)に直結する範囲に絞ります。事業全体を禁じる書き方は、効力が争われやすくなります。

競合する会社の運用を同時に受けると、契約違反になりますか?

契約に専属の定めがなければ、同時に受けること自体は違反にならないのが通常です。ただし、一方の秘密情報を他方のために使うことは、秘密保持の違反になり得ます。非独占の条項と、情報を使い回さない約束を、あわせて書いておきます。

契約終了後に、元の顧客から相談されたら受けてもよいですか?

契約でどう定めたかによります。勧誘を禁止しても、顧客の自発的な依頼を例外にする書き方があります。例外にするかどうか、確認の手順をどうするかを、あらかじめ決めておきます。

外注のクリエイターに、顧客との直接取引を禁止できますか?

禁止の条項を置くこと自体はできますが、対象は「業務で知り得た顧客」に絞り、期間と違約金の根拠を説明できる形にします。外注先が個人のときは、フリーランス法に基づく条件の明示も必要です。

違約金は高ければ高いほど抑止力になりますか?

高額にすれば抑止力は増えますが、実際の損害とかけ離れると、効力が争われます。実費や報酬の月数から説明できる額にし、直接契約を希望する場合の転換金の道筋も用意しておくと、現実的です。

あわせて読みたいページ

本ページは一般的な情報提供です。個別の取引に必要な対応は、当事者の規模、顧客が事業者か個人か、契約内容、報酬の決め方などによって異なります。書き方の例として紹介している内容は、一般に見られる書き方を整理した例で、特定の事業者や案件を示すものではありません。条文は官公庁の公表資料で確認しています。参考: e-Gov法令検索 / フリーランス法特設サイト(公正取引委員会) / ステルスマーケティングに関する消費者庁の案内 / 景品規制の概要(消費者庁)

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